私がまた訪れたい場所・東京ドームと後楽園球場がくれた思い出

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さて今回は[再訪したい場所]をテーマに前回訪問した時の思い出やエピソードを紹介したいです。

今の私が1番訪れたい場所は東京ドームで小4のころに転校した学校の友達に誘われて野球を始め、やっているうちにおもしろさを知って大好きになりました。また野球をやるようになるとそれまで関心のなかった[巨人の星]や[侍ジャイアンツ]、[ドカベン]などのアニメに興味を持つようになったのでした。当時からプロ野球の試合をテレビで観るのが毎日の日課で私の住んでいた地域は毎日ように巨人戦が中継され、いつの間にか選手の名前を憶えてコーチや監督気分で打順や先発投手の予想するほど気がつくと大ファンになっていました。そんな私が初めて球場で観戦したのは中学のころ、先輩に誘われて行った後楽園球場(現、東京ドーム)で行われた試合です。大洋ホエールズ(現、横浜DeNAベイスターズ)との一戦で[これぞプロ]という好プレーの数々に興奮し、当時は巨人の4番だった若大将こと原辰徳(現・巨人監督)が本塁打を打ちました。投げてはエースで昭和の怪物と呼ばれた江川卓が完投し、巨人が勝った試合でとてもうれしくて感動したのを今もはっきり憶えているのです。試合以外にも何度か後楽園球場に足を運んだうち、中でも思い出の1つに試合が行われるのを信じて雨の中で向かうも残念ながら中止になってしまいました。がっかりしていると球場にきていた見知らぬお姉さんが「残念だったね、また会おうね!」と声をかけてくれたのでした。おそらくつえをついて傘もさせずに歩いていた私をあわれに思って声をかけてくれ、その時の言葉に元気をもらってとてもうれしい気持ちになりました。また別の日の試合の帰りに当時、巨人に在籍していた2人の外国人でウォーレンクロマティー(1984~90年の在籍で通算成績は本塁打171本、打率3割2分1厘)とレジースミス(1983~84年の在籍で通算成績は本塁打45本、打率2割7分1厘)と偶然にも同じ電車に乗り合わせたのです。持っていたメガホンにサインしてもらえ、とてもラッキーな出来事になりました。

こうして今、改めて振り返ると後楽園球場は私にとってたくさん思い出を残してくれたのでした。1937年の開場以来、1987年の閉場まで50年もファイト溢れる選手たちのプレーや数々の名勝負でファンを楽しませてくれました。

50年の歴史を刻んだ後楽園球場が閉場した翌年の1988年、跡地に日本初の全天候型ドーム球場東京ドームが開場して3月17日にオープニングセレモニーが開かれたのです。

東京ドームが開場して2021年で33年を迎えて野球のみならず、ボクシングやアメフトなどいろいろなスポーツも行われています。ほかにイベントやコンサート会場としても幅広く利用されているのでした。

私が初めて東京ドームを訪れたのは1988年9月で野球の試合ではなく、私たち世代には偉大なアーティスト尾崎豊のコンサートになります。あの日のコンサートから33年の月日が経つ一方、彼しか表現できないあの独特な空気感は今も私の心の奥底に残っているのです。彼のことを話しはじめると長くなって続きはまた別の機会にします。

東京ドームでの野球観戦は今まで5、6回ほどあるのでした。ただ最後に観戦したのはもう15年以上前でFAを行使し、西武から念願の巨人入りを果たした清原選手と阿部選手(現、巨人2軍監督)が現役で活躍していたころになります。同世代でファンだった清原選手の背番号[5]のユニフォームを着て、恥ずかしながら大声で応援したのを思い出すのです。

最近は東京ドームへ行く機会に恵まれず、ビールを飲みながらテレビや動画サイトでの野球観戦を楽しんでいます。ただこうして当時を思い出しながら記事を書いているうち、とても懐かしくてますます私は球場に応援に行きたくなったのでした。

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